公的資金を多額のボーナス支給に使っちゃったAIGのバランス感覚
AIGは国から救済措置として1800億ドルという多額の公的資金の注入を受けてました。が、そのAIGが、幹部社員らに多額のボーナスを払っちゃったんだとか。
米大統領、AIGのボーナス阻止に向け法的手段検討指示 | ビジネスニュース | Reuters
大統領はホワイトハウスで、幹部へのボーナスに「強い憤りを感じる」と述べた上で、「現在の状況下で、AIGのデリバティブ(金融派生商品)のトレーダーが1億6500万ドルものボーナスを受け取ることは理解し難い」と述べ、「納税者に対してこの暴挙をどう正当化するのか」と非難した。
そりゃまあ、怒るわな。よくもこの状況下で、って感じです。
エコナビ2009:AIG赤字 救済規模、底なし 膨張する不良資産 - 毎日jp(毎日新聞)
以前もこの会社、公的資金を受けておきながら、高額な経費をかけて会合をひらいたとかで問題視されてたことがありましたっけ。それらの行為が倫理的というか常識から大幅に外れているのは確かです。企業の存続が社会的な存在意義と共にあるのであれば、事情はどうあれ、救済措置としての公的資金が社員に対する“必要以上”の賞与や給与に使われることは避けなければいけません。
問題なのは、この“必要以上”という感覚です。この多額のボーナスが公的資金を受けておきながら平然と支払われたということは、つまり社内的には「必要範囲内」の額として捉えられているわけです。しかし社会的に見たらこの額は明らかに「必要以上」です。この辺が、あぶく銭で多額の収益をあげてきた米国金融の実態を良く表してるんじゃないかと。実体と仮想的な経済活動の大幅なズレが、そのまんま社内の感覚と世間の感覚の大幅なズレにつながっちゃてます。
内と外とのバランス感覚というか、そういうのを失ってる時点で企業経営は末期症状に至っているといっても過言じゃありません。だって企業というのは、内外つまり利害関係によって成立するオープンシステムで機能してるわけですから。そう言えば、CSRって言葉、米国発じゃなかったでしたっけ?
ちょっとマクロ的に言うと、ある要素の常識や行動様式が一般社会と大きく乖離してしまえば、世の中というか経済システムというか、そんなベースとなるフィールドがその要素に対して均衡を求めて自律反発しまう、その一つの選択肢として、どちらか一方もしくはその両者の破綻。もちろん、一般的には社会に対して1要素が淘汰されていくんでしょうが、しかしその1要素が今回のAIGをはじめとする金融業界各社の様に無視できない規模であれば、それは1要素の範囲内だけではなくシステムそのもの、つまり社会そのものを破綻に追いやってしまう可能性があるわけです。
だが、社会はそれを許さない。そのため、社会が1要素を援助すると同時に、平安な着地点を求めて1要素及びに社会自らそのものに変革を強いる結果になるわけです。
現在のオバマ政権は、その各要素における救済策に追われていますが、変革に対する具体的な措置は、もう少し先のことになりそうです。まさに「Change!」を求められているオバマ大統領ですが、果たしてどの程度、手腕を奮うことが出来るのか?期待と不安が交錯する一年にはなりそうですが。
さて、この手の話は月並みっぽいので、次回あたりはこのAIGの話題を端にして、もうちょっと別の視点でモノゴト考えてみようかと思ってます。
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post by ノリユキ at 11:55 | Comments/Trackbacks(0)
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