ifでAIGを囲って、過度な実力主義の弊害を考える
1800億ドルという公的資金を受けておきながら、多額のボーナスを幹部社員に支払ったAIGですが、その倫理観やら社会性に関する問題はちょっと棚上げしておいて、というか視点を変えてみて、今回はその件からふと思った組織的矛盾について記しておこうかと。具体的なAIGの内情を知らない私が、「if」論で勝手にAIGの抱える問題点を想定し、そこから一般化できそうな問題点を考えみるつもり。
私は詳細を目にしていないんで良くはわかりませんが、AIGはひょっとすると収益に対する分配や契約上の面で問題を抱えているのかもしれません。メリルリンチも以前同じことをやっていますから、高額なボーナスを払ったらどうなるかなんて想像はつくはず。なのにやってしまうということは、社内的な事情があるのかも。
会社全体で見れば巨額の赤字や負債を抱えているにしても、個別に見ていったらどうでしょう?多額の収益をもたらしている部署があるのかもしれませんし、物凄い利益をもたらしている営業マンやらトレーダーがいるのかもしれません。彼らにはそれに見合った待遇をしなくちゃいけません。例え今回のリーマンショック以降に巨額の損失を被っていたとしても、ボーナスの支払い条件がそれ以前から定められていたのであれば、それに従って払わざるを得ないでしょう。
仮に高額ボーナスを手にした幹部社員らが、AIGの大赤字を生み出した張本人であったとしても、今回の金融不安は業界ならびに社会全体によるものですから、個人の能力とは別だとも考えられます。損失を起こしたのは個人の裁量に起因するのではなく、金融市場が抱える構造的な問題によって引き起こされたとするのであれば、今後の会社の復興、また金融市場が以前の様な活況を取り戻した際に必要なのは、彼らの実力です。となれば、彼らを失ってはいけないとするのも経営判断としてある意味マトモです。そのためには、多額のボーナスを支給するのもやむを得ない・・・そう考えるのも無理はありません。
もしそういった背景がAIGにあるのであれば、経営者は政府や議会、世論から非難罵声を浴びるのを重々承知で、自分とこの幹部社員らに多額のボーナスを支払う判断をしたのかもしれません。まあ、ポーズとしてそうしておけば経営陣は後から「ほら、怒られちゃったからやっぱ払えないよ。わかってよ、俺も辛いんだよ」的なアプローチが社内向けに出来るでしょうし。
さて、ここまでAIGの多額ボーナス支給問題を元ネタに「もし仮に」論を展開してみました。こういった仮解釈の様な事態がAIGでホントにあるのは知りませんし、もちろん、仮にそうであっても今回のAIGの様なケースでは、社内の事情がどうであれ、社会からは怒られて当然です。しかし、こういった社会性を重視してしまえば、逆に社内、というか優秀な社員には不満が募るという矛盾が残ります。なぜ、こんな矛盾をはらんだ状況になってしまうんでしょうか?
その矛盾を引き起こす大きな要因の1つには、過度な実力主義が背景にあるんじゃないかと。確かに優秀者個人の業績は会社に利益をもたらします。しかし、彼らの業績がイコール会社の業績とはならないのが、現実です。ですから、各個人の業績に合わせて収益を各個人の給与等に分配するシステムを突き詰めてしまうと、問題点が生まれてきます。これを2つの点に分けて考えると、以下の様になります。
まず1点目は、社員への報酬という面において、リターンとリスクのバランスはとれているのか、という問題です。大きな利益をもたらす社員には大きな報酬を、という成果主義の発想自体は良いかもしれません。でもそんな社員が必ずしも常勝全勝するわけじゃありません。じゃあ損失を出した場合、誰がその穴埋めをするのか?その社員がするんでしょうか?仮に前年度100億円の利益を出した社員が、その報酬として3%である3億円を手に入れたとします。しかし今年度で100億円の損失を出した社員は、その損失額の3%を自己負担するんでしょうか?前年度に対して減給となったりはするでしょうが、損失分の3億円を支払えってことにはならないはずです。
つまり社員は、大きなリターンは望めても、それと同等なリスクを背負うことは無い、という事です。金融トレードであれば、損失リスクを最も負うのは顧客、その次に企業であり、トレーダー本人が背負うリスクは最も小さい。こうなったら社員としてはやりたい放題です。大きなリスクがあっても、それを自分が大きく背負うわけじゃありませんから、リスクが大きくても逆に大きなリターンを望める商品をジャンジャン出していくでしょうし、それによって目先の大きな利益獲得に奔走します。悪く言えば、直ぐに大きな報酬を手に入れてしまえば、後は知ったこっちゃないってことです。だってリスクは顧客や会社が背負っちゃうんだもん。状況が悪くなったら一抜けすれば良いんです。それまでに一生遊んで暮らせる様な大金を出来るだけ早く出来るだけ多く稼いじゃえば良いんですから。こう見ていけば気がつくと思いますが、業績に対して報酬額が増えれば増えるほど、一見生産効率は上がるように思えますが、本質的には社員が自己本位な目先の利益獲得に走りやすい状況を作り出すわけで、その背後で企業はより多くのリスクを背負うはめになっていくわけです。
また、従業員同士の成果差異による収益分配のバランスをどう解消していくかという問題もあります。Aさんが利益を上げたとしても、Bさんは損失を出すかもしません。Aさんが前年度比+10億円の利益を出し、Bさんが前年度比-10億円の損失を出せば結果として収益はゼロになりますが、成果主義の場合Aさんへの報酬を増加しなければなりません。じゃあ、Aさんへの報酬増加分だけBさんが減給されるのか?一人あたりの売上や収益金額が小さい場合はそれも可能でしょうが、その額が大きくなればなるほど不可能になっていきます。こうなると、バランスを欠いた部分の負担は企業側が負うということになるでしょう。
これらのことは、企業としての長期的利益を失っていくという結果に繋がります。いや、利益を失うというより、やればやるほど企業側が多大なリスクを背負い込むことになるわけで、アメリカの各金融機関における信じられない様な巨額な赤字・負債額はこれに端を発している可能性が非常に高いわけです。利益を社員に分配する際、リターンだけではなくリスクの分も考慮していかなければ、長きに渡る経営活動は出来なくなると考えたほうが良さそうです。
さて、2点目は、個々の業績の総和が企業全体の結果とはならないということです。営業利益が前年度比で大きくプラスであっても、例えば資産運用の失敗や災害、貸し倒れ等の損失を多額に被る場合があります。営業等の現場サイドの問題ではなく、経営者自身による経営戦略上の問題から企業の業績が悪化するケースだってあるわけです。個々の従業員が頑張ったところで、その全てが企業全体の利益として反映されるわけじゃありません。
ですから、個々の業績の総和と、実際の企業総体の収益に開きが出れば出るほど、矛盾に苦しむわけです。例えば、営業利益自体が、前年度比+10億円の20%増だとします。しかし、何らかの損失が加わって経常利益が薄利もしくは赤字とならざるを得ない場合、多額の人件費支払いはかなりの負担になっていくわけです。
もちろんこの場合、従業員に問題があるわけでなく、多くの責任は経営者自体に問題があるケースがほとんどです。ただ、先にも述べたとおり、リスク自体は社員ではなく会社自体が多く背負っていることがほとんどですから、個々の業績を個々の待遇面に大きく反映させればさせるほど、経営全体の業績が悪くなたっときに、苦しくなります。
以上の点から、成果主義・実力主義を導入していくうえで、その度合いやバランス感覚が重要になることがわかります。成果による報酬を過度にすればするほど、リスクは会社自身が背負うことになるわけです。企業の生産性を高める戦略において、「成果に対する報酬」という点を過度に実行するには大きなリスクが背後に控えているという点を考慮しつつ、成果主義の改善また経営戦略の改善を行なっていくことが必要です。no
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post by ノリユキ at 17:50 | Comments/Trackbacks(0)
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