グローバル化の中で、自分の姿を映し出しつつある中国
中国対日観:「恐るべし、ニッポン」―浅薄な「愛国」を批判 2009/03/23(月) 20:14:00 [サーチナ]
この記事は、中国インターネットメディア「千龍網」が、湖北省武漢市の桜園で和服を着て記念撮影しようとした母子が周囲から罵声を浴びせかけられた事件に対し、日本の民度の高さを引き合いに出した上で浅薄な自国の「愛国主義」を批判した、ということを伝えた内容です。
私は、この「千龍網」が、メディアとしてどんな位置付けにあるのかも知らないですし、原文にもあたってない(あたっても中国語は読めないし)のでこのコラムを受け売りして判断するしかありませんが、まあ日本のことを高評価してくれているのを目にすれば、日本人として気分は良いです。ただ、それとは別に、中国でも対日感情に対するというか、そういったものも含め民度に変化があるのかな、と感じる内容でした。
戦時中の記憶による根強い反日感情が中国にあるのはわかりますが、その反面、90年代の初頭は中国で日本および日本人へ過大ともいえる人気があったことを私は記憶しています。日本人というだけでモテた時代もあったわけで。もちろん、その後の(もしくはその最中の)中国の教育と、経済力の高まりとともに自身に自信をつけたその心理的状況の反転性が、現在の大きな反日感情を持つに至ったわけで。
しかしその中国が、自国民の行動に対して、こういった批判を述べる。しかも、日本の良さを引き合いに出して。むしろ、こういった意見が公にされていくこと自体に、まあ日中関係の良好な進展が中国自体にもプラスに作用するであろうという政治的判断も含め、中国自身の民度が上がりつつある兆候を感じます。
グローバル化は何も経済だけで行なわれているわけじゃなく、スポーツをはじめとして社会と人はグローバルに交流が行なわれています。しかも、中国国民にとっては経済発展とともに、直接およびメディアを通して、その様を直接および第三者として目にする機会が増えました。その時に己の行為は、他者・他国の行為が鏡となって映し出されていくわけです。そしてそこに自己反省が促される要因が見て取れます。つまり、自浄作用。結果、中国としてはグローバル化は経済発展だけでなく、自ずと民度を高めることにもなっていきます。
中国人は、砂であるとか、一匹の龍になれるが三匹集まれば豚になるとか。飛びぬけて優秀な人材を出すがまとまりにかける中国人ということをなぞった言葉だそうですが、そういったことを踏まえるならば、むしろ中国の民度が上がることの方が「恐るべし、中国」であると、エールを贈りたい。そんな感じです。
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post by ノリユキ at 12:35 | Comments/Trackbacks(0)
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