ようやくK-POPアイドルが地に足着いてきた気がしますが

昨夜、NHKでK-POPアイドルの「少女時代」の特集をやっていました。綺麗な足の綺麗なお姉さんが9人くらいいましたが、残念なことに、だからと言って少女時代とKARAのメンバーの区別がつく様になったわけじゃありません。

方々で言われていますが、昨年から目立ってきたK-POPブームには捏造疑惑がつきまとっています。ネットで検索すると、電通絡みで韓流ブームを仕掛けているとか、韓流スターの空港お出迎えのサクラのバイト募集を見つけたなどの話がてんこ盛りで出てきます。

K-POPブームは存在しなかった.。キムヨナも然り。(「ぼちぼち生きてます」より)

まあ、テレビではやたらとK-POPアイドルが取り上げられるのに、私達の日常の実感としては周りでK-POPが語られることなんてほとんどなかったわけで、実態のないK-POPブームをマスコミ主導で盛り上げて作り上げるつもりじゃねーかって思ってしまうのは、自然の流れの様です。

私個人の感想としても、肌感覚としてK-POPブームの実態には疑問符がつきます。やっぱ私の周りでも、韓流ドラマの話は出ますがK-POPの話なんかはまるっきり出てこないんですよねぇ。触れられもしない。

にもかかわらず、CDの売上が同程度いやそれ以上の日本のアーティストやアイドルと比べても、K-POPアイドルがマスメディアで採り上げられる比率は多すぎです。KARAの解散騒動にしても、全然興味がないのにテレビで無理やり見せられてる感が強かったですし。やっぱマスコミ主導で煽ってるんじゃねーかなと。

 

で、事の真相は知りませんが、私はこの現状を見るにつけ、日本はどうするつもりなんだろ?とか思ってしまいます。

ご存知の方も多いとは思いますが、韓国では国を挙げてコンテンツ産業に力を入れています。テレビドラマや映画なんかは海外に輸出することを前提に製作されていることが多く、補助金などが国から出されるんですね。ここにK-POPも含まれるかどうかは調べてないんで知りませんが、その一環と言うか勢いと言うか、その流れの中にはありそうなんですよねぇ。

要するに今の韓流ブームというのは「冬ソナ」当時の韓流ブームと異なり、ビジネスマンとして多大な成果をあげてきた経歴を持つ李明博大統領の手腕の1つであり、韓国の国策と共にあるビジネス戦略の一環なわけです。なので、私からすればこのブームというのは、「捏造」というよりは「仕掛け」という感じかな。

ただ、そういった意味で「韓国は頑張ってるなー」と感じるのですが、逆にその対比として「ところで一体、日本は何やってんだ?」という気持ちも大きくなるわけです。経済が低迷しているのは今に始まったことではなく、しかも大震災という国難に直面している今の日本で、一体何が決められたというんでしょう?今どこにいるのかは分っているくせに、どこにどう向かっていくのかが全く定まらないこの国の政治のあり方に多少なりとも苛立ちを感じてしまいます。

 

で、話をもとに戻します。

韓流ブームはNHKが放送した「冬のソナタ」がきっかけですが、にもかかわらず去年の紅白出場枠にK-POP勢を入れなかったということで、K-POPブームの実態の希薄さを示したのもNHKです。

が、ここに来てそのNHKも少女時代の特集を組んだりしてます。少女時代のアルバムも初週で23.2万枚の売上を出した様ですし、タレントの人気度やイメージ性にシビアなCMでも露出が増えた様に思えます。現在は、14万人規模の日本ツアーが開催されているんだとか。

実態が乏しくとも、雰囲気を作り上げてしまえばその後から実態が伴ってくるのは、ビジネスの常ですが、K-POPブームもその1つかもしれません。ここに来てようやくK-POPアイドルもその人気が日本に地に足が着いてきたんじゃないかな?という気は最近しています。

ま、その人気がどこまで独り立ちしたもので、またいつまで続くかは知りませんが、それもこれも大手マスコミ各社様のご尽力の賜物かと存じます。


post by ノリユキ at 09:39 | Comments/Trackbacks(0)

原発被災と津波被災との差異

5月4日、福島原発事故によって避難を強いられている住民達のもとへ東京電力の社長らがお詫び行脚に訪れましたが、当然のごとく住民の方々の怒りは治まらない様です。

「なぜ無視してきた」「土下座しろ」 東電社長おわび行脚に町長、住民猛反発(MSN産経ニュース)

これらのニュースを目にして私は、津波被災と、原発被災との違いを、大きく感じてしまいました。

津波被害によって避難所で暮らす方々には、安易に「頑張れ」などと言葉をかけて良いのか戸惑う程、被災地には大きな爪痕が残されていると思います。しかし、被災者の方々自らが「立ち上がろう」という気持ちを持ち復興を目指しているという様子を報道で知る限り、彼らには強さが感じられます。被災者の方々が自らの意志で未来を切り開いていこうとしているんですから。

しかし、福島原発事故によって避難所で暮らす方々は、かなり状況が違っています。なぜなら、原発事故の収束は、彼らの意志ではどうにもならないからです。住民の方々が復興をどんなに望んでも、それは国や東北電力といった他者の手に委ねるしかなく、自分らでは何ら手の施しようがないのです。

つまり、希望の灯火を自らの手で自らの心に灯すことが出来る状況ではない・・・

こういった術を持たぬ虚しさや悔しさ、焦りなどが、原発事故によって避難を強いられている方々にはあると思うのです。単に被災による不安や不満だけではないのではないかと。

にもかかわらず、東電や政府の事故後の対処は不備だらけであり、今後の展開も今ひとつ明示されない。このどうにもやり切れない感情が、先日の東京電力社長に対する怒号に現れている・・・私には、そんな気がしてなりません。


post by ノリユキ at 11:13 | Comments/Trackbacks(0)

オサマ・ビンラディンの殺害にはしゃぐ姿に感じた違和感

既知の通り、5月1日に国際テロ組織アルカイダ指導者のオサマ・ビンラディンが米国軍によって殺害されました(ビンラディン容疑者、米軍の作戦で死亡 大統領が発表:CNN co.jp)が、この発表を受けたニューヨーク市民がはしゃいでる姿がいくつか報道されていました。

ビンラディン容疑者死亡、ワシントンやNYで市民が歓喜:REUTERS

で、それらの報道を目にして私は、彼らのはしゃぐ姿に違和感を覚えました。もちろん、アメリカ市民の皆がこの様な反応だとは思いませんが、それにしてもあの時の様子を映像で見てしまうと、かなりの違和感を感じます。そして一応、私の周辺の話やネットでの記事なんかを見る限りだと、この感覚って恐らく自分だけでなく多くの日本人が感じたんじゃないかと思います。

どうも人の死に対して喚起の声をあげる姿って、想定できないんですよねぇ。その様な光景を目の当たりにすると違和感を感じます。確かにビンラディンはアメリカにとって大罪人なんですが、だからといって大罪人が殺害された報に、果たして私達日本人はあの様にはしゃぐことができるんでしょうか?

自分の身内を殺した相手が殺されたとしたら、「ざまあ見ろ」くらいには思うかもしれませんが、それでも安堵の表情を浮かべるか涙を流すかする程度であって、喚起の声をあげるって、ちょっと想像しがたいんです。例えば、死刑が決まった時の被害者の遺族とか色々と報道されてますけど、万歳三唱みたいなのしてたのを見た記憶ってないですし。

私を含む多くの日本人にとって、憎むべき相手の死は悲しみの対象にはならないでしょうけど、それとは別に「人の死」そのものに対する別な感情が私達にはあって、それが畏怖の念なのかどうかは定かではないにしても、“死”そのものに対して喜びの感情を大きく表すのは不謹慎に感じるというか、それ以上にその気にはなれないというか、厳粛に受け止めてしまうというか、とにかくはしゃぐ気にはなれないんですよ。これって、日本人の死生観に関係しているのでしょうかね?

しかし、「じゃあ、他の国(特に米国)や民族の死生観では、憎むべき人の死は喜びの対象となり得るのか?愛憎に関係なく人の死そのものを厳粛に受け止めるという観念はないのか?」と考えてみると、やっぱそうでもなさそです。どの宗教でもどの国の倫理観でも、“死”そのものは厳粛に受け止められてますし、それは愛憎を越えたところでも機能していると思うんですよね。自然な感情として。

ですから、もっと別なところにこの違和感を持つ原因があるんじゃないかと。

で、ふと気になったのが、戦争時における人間の倫理観。そして、政治心理学者のアシス・ナンディ氏が言っていた「暴力は人間性の一部かもしれないが、戦争は違う。戦争は制度化された手段として人類の本性に潜む暴力性を操っている」という言葉です。

日本人や一個人としてではなく、社会の仕組みの中で生きる人間として考えてみると、そこには平時と戦時では倫理が逆転してしまうという現実があります。平時では人を殺すことはいけないことだと教えられ、殺してしまえば犯罪者となりますが、戦時では人の殺し方を教えられ、より多くの敵を殺した者は英雄となります。平時での人の死は悲しみの対象ですが、戦時における敵の、しかも敵側のリーダーや象徴的存在の死であれば、それは即ち自分達の勝利の証であり、喚起の対象ともなり得るわけです。

そういった意味で考えるならば、今回のビンラディン殺害に対して米国の喚起の声が湧き上がるというのも、幾分かの理解は出来るような気がします。「対テロ」ということ事態が、戦争状態を意味しているということです。一見、平時としか映らないアメリカ本土の日常においても、やはりアメリカ市民の心の中には9.11以降、戦時の感情が色濃く混在していたということなのでしょう。

となれば、そんな光景に対して私達日本人が感じる違和感とは、日本人固有の死生観ということではなく、戦争やテロが遠い存在であり現実のものとして今ひとつ受け止め切れていないという証なのかもしれません。

果たしてそれが幸せなことなのか危機的なことなのかはまた別の話ですが。


post by ノリユキ at 11:04 | Comments/Trackbacks(2)

都議選は自民大敗、民主圧勝という結果に

私も昨日、妻と一緒に都議選に投票して来ました。しばらく前に引っ越したんですが、近所なので投票会場は以前と同じ小学校だと思い行ったところ、「小林さんの投票会場は、ここではありません」と言われてしまいました。しかたなく、別の会場へと・・・

しかし、想像してた以上でした、都議選の結果は。しかも、投票率も50%超えてるし。もちろん「都政と国政は違う!」とか言いますし、その通りですけど、じゃあ都議選で自民が負けなかったら、「自民党は国民から支持されている」という判断しちゃうわけでしょ、自民は。だから、都民からすれば国政が変わって欲しいと思ったら、やっぱり都議選である程度意思表示を示したくなるわけで。

もう、自民党がどうだとか民主党がどうだとか言う前に、とにかく変わって欲しいんでしょうね。とにかく何かしら政治に変わって欲しいと思ってる人は、民主党に期待していない人でも、とりあえず自民党には入れたくないって思うわけでしょうし、とりあえず民主党に政権担当させちゃえば、何かしら変わるんだろうし、自民党も変わるだろうと思ってるんじゃないかと。少なくとも私の周りではそんな意見ばっか。

とりあえず、この結果を受けて麻生さんは衆議院解散、8月30日に総選挙という判断を下したようです。遅すぎの感もしますが。

まあ私の様な無党派層は、その時の状況でどう転ぶか分かりませんし、そういう人は結構多いんで、民主党もぬか喜びせずに頑張ってください。もちろん、自民党も他の政党さんも。


post by ノリユキ at 23:12 | Comments/Trackbacks(0)

オバマ米大統領のiPodに、マイケルジャクソンの曲入っている件について

【マイケル急死】オバマ米大統領が追悼コメント 「私のiPodには今も全曲入っている」 – MSN産経ニュース

一国の大統領が、個別商品名を挙げてコメントして良いものかと一瞬思ったが、アメリカじゃ自国の家電製品は日本などの国に駆逐されているから、数少ない国内メーカーの電化製品だから宣伝効果があるし良いのか、と思い直した。

いや、ただそれだけが言いたかっただけ。


post by ノリユキ at 12:03 | Comments/Trackbacks(0)

麻生おろしと鳩の乱は当然の帰結

鳩山前総務大臣の辞任によって、再び支持率低下が顕著になった麻生政権。麻生おろしが本格化との報道で華が咲いています。私の個人的な感情で言えば、報道で見る限り鳩山前大臣の心情を察すると、胸がキリキリと痛みます。鳩山前相からしてみれば、裏切られた感は残るでしょうし、まさか自分にお鉢が回ってくるとは思わなかったでしょうに。

ちょっと前に、小泉元首相が麻生さんに対して怒りを顕わにしたことがありました。郵政民営化に対して、「そもそも私は反対だった」と言った麻生さんの一連の出来事に対してです。日本郵政の「かんぽの宿」不当売却で郵政民営化の旗色が悪くなると、当時の担当大臣であった麻生さんは「ホントは反対だった」と言い「担当は私じゃなかった」的な発言をし、しかし総裁選の時には郵政民営化の立役者は俺だ的な発言をしていたわけで。これに対して、郵政民営化を本丸として進め、その改革の一角に麻生さんを据えた小泉元首相は怒っちゃったわけです。んで、さらに火に油を注いだのは、国会での質問に対し麻生さんは小泉元首相を「変人」呼ぶ始末。

世論の中では、「もう辞める小泉さんが今さら口を出すのは、ちょっとね」という論もありましたが、小泉元首相本人からすればやっぱ黙ってられないでしょ。この一連の出来事に対する麻生さんの発言は、ほぼ自己責任回避から成立しているわけで、そのために他者や他事をさげすむことにつながる発言を繰り返しているわけです。私が小泉元首相なら黙ってられません。むしろ小泉元首相は、途中から「もう辞める人間だから」と言ってよく口をつぐめたもんだと。

んで、国民から人気のある小泉元首相を敵にまわした形になった麻生政権って、さらに旗色が悪くなるわけですが、この時にそれを省みずに麻生さんを応援し続けたのが今回辞任した鳩山前総務大臣なわけです。彼からすれば、それがポリシーだったんでしょうし、かばうことも矢面に立つことも、自分の役目くらいに思ってたのかもしれません。

ところが今度は、鳩山前大臣が小泉元首相の時と同じことをされちゃったわけです。

麻生さんから日本郵政の社長の首を挿げ替える話は出ていたし、それと自分の信条に沿って、行動を進めていた。ところが党内での旗色が悪くなると、鳩山前大臣が行くところまで行っちゃった後から「ちょっと待て、引き返せ」とか言い出されたわけで。そんなことギリギリになって言われても、もう後戻りは出来ねーよってのが普通の人の心情です。

しかも、混乱を招いた張本人的な扱いを総理からされちゃったわけです、鳩山前大臣は。まあ、裏切られた感は残るわな。

これって小泉元首相の時のパターンとほとんど同じです。そして正直痛いです。痛すぎます。風見鶏と言うか自己責任回避と言うか、そういったことが根底にあってリーダーが発言を繰り返していくのって、組織としては致命傷です。

麻生さんがきちんと上に立つものとして対処していれば、鳩山前大臣の件にしても、辞任にまで問題が大きくならずに済んだはずです。当初、麻生さんと鳩山さんは同じ意見を共有していて、それに対して鳩山さんは行動を進めていったわけで、風向きがどうやら違っていそうであれば、麻生さんは「ちょっとその辺でストップ」と言えたはずです。その制止を振り切って鳩山さんが前に進むのであれば、それは彼の独自の判断であり暴走ですから、鳩山さん自身の責任問題なわけです。

でも、それをしなかった。騒ぎが続いていても、麻生さんは何もしない。指示の変更が伝えられなければ、鳩山さんは麻生さんとの意見の共有は変わっていないと判断するわけで、それに従って突き進む。と、当然の流れになってしまいます。普通、そうでしょ。会社で上司から指示があって、様相が変わっても当初の通り業務を遂行するする自分に上司が何も言わなければ、自分の行動は肯定されているもしくは容認されていると、誰だって判断するでしょ。

ところが、ギリギリのところになってから、「ちょっと待った。予定変更」とか言われちゃうんですよ。そしてその後に騒ぎを起こした張本人的なこと言われちゃうんですよ。堪えられますか?

やはり俗に言われる麻生さんの「決められない、ぶれる」というのは、組織にとって致命傷。最良のパートナーや最大のフォロワーを失うことに繋がっていきますから。そして組織そのものに不信感と不安感と言う混乱を招く。

今、この騒ぎに対して細田幹事長は党内に自制を求める様な発言をしています。立場からすれば、確かにそうすべきです。しかし、鳩山さんの次は自分かもとか思わないのかな。

ただ、勘違いして欲しくないのは、何も私は麻生さんを責めたくて言ってるわけじゃなく、麻生さんの抱える状況でリーダーの立場になると、誰でもこうなりがちになるんじゃないかと言ってます。党内での支持基盤が薄く、国民の支持率も低ければ、寄って立つところがないわけで、こういった場合には、どうしても風見鶏的なところと責任回避的な行動にならざるを得ないのが、人ですから。

逆にこうった状況下でリーダーになるのであれば、麻生さんの様なタイプではなく世渡り上手な人がリーダーシップをとったほうが、上手くいきそう。判断と行動に一貫性はなくとも、逆に状況に応じた判断と行動は人一倍早いわけですから。リーダーシップ論も組織的な環境を無視しては成立し得ないという好例かと。


post by ノリユキ at 11:33 | Comments/Trackbacks(0)

再びバラマキ対策

さすがにちょっと、これはキツイかなぁ。

少し前、「景気対策がバラマキと呼ばれる理由」では、財政のことあんまり考えずに「消費税無料にしちゃえば?」なんて呑気に話してましたが、ちょっと今度の15兆円規模の経済対策には、正直懸念してしまいます。バラマキって呼ばれても仕方がないかな。つか、選挙対策用のバラマキでしょ。経済対策の内容が、子育て支援も雇用もエコも景気刺激も金融対策も、全部やっちゃいますよって大盤振る舞い過ぎです。

組織運営で言えば、「多額のお金を多方面に注入して利用すればその組織が再生復活する」と言う考えは、もう議論する余地もなく愚策です。力は分散させるだけ効果はなくなりますから、出来るだけ集中させて取り組む必要があります。だから、こういった経済対策のとり方って、正直ホント難しい。

いやね、確かに子育て支援もエコも景気対策の一環にはなりますよ。子育て真っ最中の家庭ともう子育てが終わった家庭で比べた場合、同じ金額のお金であっても、子育て家庭の方が消費に回る可能性が高いわけですし。エコだ!エコだ!と騒いだところで、結局のところ新製品購入やら新システム導入と言った消費刺激の側面がそこにはあるわけですから。一概に、子育てやエコは福祉であって経済対策じゃねーだろ、みたいな議論には繋がりません。

でもね、セグメントを増やせば、その分だけ資源は分断します。資金も労力も分散するわけです。本当にその対策が有益な資金効率をもたらすかと考えたら、首を縦にはふれない。

経済対策の内容を見ると、なんだかんだ言いつつ結局はエンドユーザーに金がまわっていく比率が高いわけです。一応お題目が分かれていますから、この経済対策で恩恵を受けるのは子供のいる家庭や住宅購入者、高額相続税納付者などに限定されているのかなと思いがちですが、新車やエコ家電購入者やら中小企業、介護、雇用などなど・・・と、ここまで広範囲に対策が採られるのであれば、かなり広範囲にわたってお金がエンドユーザーにまわっていくことになりそうです。

でも、それなら先のバラマキ給付金と合わせて直接国民一人一人にお金を渡しちゃえば?って思うわけです。財政出動する場合、その金は官僚の天下り先であるナントカ法人に沢山お金がまわっていくわけですから、それなら迂回させないで直接消費者に渡してしまった方が良いんじゃないですかね。もちろん、そのナントカ法人が全て無用の長物ってわけじゃないでしょうけど、限りある資源を効率的に使うには、余計なところにお金がかかる事態は避けないと。

私も企業の建て直しに参加するときは、資金が注入される前に必ず財務状況を確認して、ムダを処理するように努めます。経営の上手くない会社って、かなりの確率で無駄なところに経費をかけてたりしますから。そして、削減だけじゃなく使い道も分散させずに集中させます。資金効率を最大化していくにはそうするのが常套手段ですから。もちろん、軋轢は生じます。でも、そうやらないとせっかくの限られた資金が非効率にしか運用できなくて、結果的に企業再生が上手くいかなくなります。集中と削減が、資金投入の際には大切になってくるわけです。

だから、そういった意味も含めて考えてみても、色んなセグメントに手を出しすぎちゃ、逆に問題解決の本質からは遠のいてしまうわけです。

しかも、大盤振る舞いして15兆円使って、その財源が赤字国債に頼るって・・・いずれお鉢は私たちに回ってくるわけですから。税収が減る可能性がある中、赤字国債が増えると、その比率が逆転するかもなんて言われてるのに、借金増やして支出も増やして、じゃあリターンがどのくらいになるのか見込んでるんでしょうか?どこで何を使って、どこは抑えるかってことをハッキリさせて取り組まないと、いずれ私たちの首が回らなくなっちゃいます。

今一番大切な政治的判断と言うのは、まず優先順位を付けることです。もちろん国家運営ですから、どれかを切捨てすれば良いって問題ではありませんが、モノゴトには順序というものがあるわけで、現実的な問題解決を実行するには、優先順位をつけて取り組んでいかないと。優先順位を付けるというのは、どのセグメントが優れててどれが劣ってるかということではなく、長期的に見て全体の結果が最適となるように順番を付けていくという方法論のことですから。

あれもこれもやって、全部上手くいきましたってのは皆無に近く、どちらかと言えば全部上手くいきませんというのが、優先順位を付けない行動の行き着く先です。個人の仕事だって組織全体の活動だって全部そうでしょ。それなのに、国家だけは別なんでしょうかね?確かに全方面的な経済対策しちゃえば万人ウケしますから、これに野党が反対して解散しちゃえば与党側は有利に選挙を運べるかもしれません。格好の選挙材料にはなるでしょうけどね。でも、八方美人は嫌われちゃうぞぉ。

実際に赤字問題を抱えるこの国が生き残るために財政出動が必要なのであれば、最小の資金で最大の効果を発揮できる様に全力で取り組むことが必要であって、カネの量と配った先の数なんかじゃ、決してありません。ということで、今回の経済対策は、選挙対策面においては最適化されていても、その効率的資金運用の面からすれば問題大アリだと判断せざるを得ないかと。バラマキというのは的を得た表現みたい。


post by ノリユキ at 13:39 | Comments/Trackbacks(0)

北朝鮮、人工衛星の打ち上げ失敗!

というタイトルで騒いだ方が、国際政治上は得策なのかな、とふと思ったり。

昨日4月5日午前11時30分頃、北朝鮮より弾道間ミサイルと見られる飛行物体が、日本上空を通過し太平洋沖へと落下した模様です。まあ、この飛行物体がミサイルなのか人工衛星なのかは見解が分かれるところですが、それ以上に北朝鮮への今後の対応に対して、各国意見が分かれてます。どの国も自国の利益を優先する必要があるんで、思惑が絡み合って、今後は展開していきそうです。

北朝鮮:ミサイル発射 日米英仏、早期に非難決議案 中露は慎重姿勢 – 毎日jp毎日新聞

ただ、どの国も人工衛星の打ち上げ失敗みたいなニュアンスの方が落ち着くんじゃないかと。もちろん、自分とこの領土の上空をまたがれた日本としては拉致問題等のこともあるし、「あれはミサイル!」として国際的に糾弾する方向に持ってきたいところでしょう。でも、これがミサイルだったと断定しちゃうと、「長距離飛ぶミサイル、成功しちゃた!」ってことになって、北朝鮮の国際的な影響力がアップしちゃうわけで。国際政治上の駆け引きにしても有利となる切符を一枚手に入れたことになりますし、兵器の輸出ビジネスにも有利になるわけです。

そうなると事実はどうあれ、やっぱり表向きは「衛星の打ち上げ失敗!」っていう側面をアピールしておいた方が、アメリカにしろ韓国にしろ、何かと都合が良いんじゃないかと。北朝鮮寄りのロシアや中国にしたって、ミサイルですって騒がれるよりは、まあ人工衛星ってことでお茶を濁してもらったほうが、何かと都合が良かったりね。

とりあえずこういった事が重なっていくと、日本では「軍事費を上げて、軍事力強化しようよ!」って方向に行くことは必至ですから、逆にそういった方向に日本が進んでしまうことが世界各国としては懸念材料として浮上してきますからねぇ。今後の展開は、各国とも慎重に対応していくことが望まれます。って、上から目線。


post by ノリユキ at 09:09 | Comments/Trackbacks(0)

無難にまとめただけの金融サミットG20が閉幕

クローズアップ2009:G20閉幕 火種残して協調 財政出動、実施で溝 – 毎日jp(毎日新聞)

今回の金融サミットにおける大まかな対立構造は、

  • 財政出動優先
  • 金融市場規制強化優先
  • 保護主義

の3つですが、単純にどの国が主導権をとりたいのかってことです。日米英の3カ国は財政出動を優先的に取り組みたい主張ですが、要するにこの3カ国はニューヨーク・ロンドン・東京といった世界を代表する巨大金融マーケットを持っている国ですから、マーケットに規制がかかることで国際金融における影響力が衰えることを懸念していることの裏返しです。逆にフランスとかドイツは、そういった力を削ぎたいわけで、マーケットに対する規制強化を優先的に行ないたいわけですし。また通貨機軸をドルから移行させたい各国の動きやら保護主義の動きなんかも相まって、今回の金融サミットでは、各国の利害調整が難しいところでした。

結果としては無難に、「保護主義は景気停滞を促進するから止めましょうね」的なところで終わってます。まあ、こういった感じで「なんとなく協調」路線を表面的に打ち出すことで、お茶を濁した感じで閉幕するのは致し方ないかと。何だかんだ言っても、この世界同時不況、世界金融不安の状況では、各国が協調していかなければこれを乗り越えるのは難しいわけで、各国が自己主張を強めすぎて利害対立を明確化することは、逆に不利益しか生み出さないですから。

しかし、実質的には目新しいことは何も決まらなかったG20ですが、気になってるのはやっぱり日本の影響力低下ですかねぇ。象徴的なニュースがコレ。

G20 日本の存在感低下を象徴?時計は北京時間:MSN産経ニュース

なんかサミットに置かれた時間を示す時計が、今まではアメリカ北東部・ロンドン・東京だったのが、東京が外れて北京時間に入れ替わっていたんだとか。麻生総理も日本の存在感を示したいところだったんでしょうけど、今日にも発射されそうな北朝鮮のロケット(ミサイル?)の件で各国首脳に協力を採り付けるほうに力が行かざるを得なかったみたいですしね。

まあ、今後の国際情勢によっても私たちの生活とかが大きく変わっていく可能性も大きいわけです。今にも北朝鮮から発射されそうな勢いのロケットが日本に落ちてこないことを祈るしことでしか対応できない今の自分らの状況を考えると、決して坂道を駆け上がるようには進んでくれない現代社会の中で、人事を尽くして天命を待つことが私たちに出来る精一杯のことなのかもしれないなぁ、と思うわけです。まあ、それはいつの世にも生きる術ですが。


post by ノリユキ at 11:58 | Comments/Trackbacks(0)

タレント知事が地方を救う?全都道府県知事タレント化計画

昨日、千葉県知事にタレントの森田健作氏が当選。100万票を超える投票数で圧勝だとか。

東京新聞:千葉知事に森田氏 民主推薦ら破る 知名度で100万票突破:政治(TOKYO Web)

ただまあ、こんなニュースもありますが。

現在も「自民支部」代表 「完全無所属」掲げた森田氏(MSN産経ニュース)

森田知事が今後どのような活躍をするのかは別として、最近タレントさんが圧倒的な県民の支持によって知事へと就任するケースが目立ってます。宮崎の東国原知事や大阪の橋下知事、少し前だと長野の田中康夫前知事。で、このタレント知事さんが県政に対する大幅な改革や産業促進を進めています。やっぱ、これからは無所属のタレント知事さんの時代なんでしょうかね。

地方の行政を大幅に改革しようとする場合、普通は大きな抵抗にあいます。良いか悪いかは別として、人は思っている以上に保守的ですから。外部の人間は常に変革を求めますが、内部の人にとっては今までと変わってしまうことに抵抗を感じるものです。ましてや、そこに利害関係が存在するのであれば、なおさらのこと。もちろん県行政であれば、その抵抗勢力の一角が、県政の実行部隊である県職員たちであったりもするわけです。田中前知事の名刺を県の職員が破ったりしていたのは、まだ記憶の新しいところです。

改革を行なおうとすれば、様々な抵抗をはね退けていかなくちゃいけませんが、口で言うほど易しくはありません。相当な手練者であっても、難しいと思いますよ。なので、改革者としては強力な後ろ盾が必要になってきますが、それをフルに活用できるのがタレント知事さんになるわけです。県民からの人気度、そしてメディアを呼び込むタレント性。この2つが、改革への大きな後ろ盾になります。

タレント知事さんだと、そうでない知事さんよりも、メディアを積極的に活用できます。活動の様子は、テレビを通して県民の皆さんの知るところとなるわけです。となると、簡単に知事になんて反発できません。我らが選んだ知事さんに反発するとは何事かと、県民の多くを敵にまわしてしまうからです。それは、県職員さんだけでなく県議員さんにも言えることで、人気者の知事さんに逆らうのは自分達の選挙にも響いてきますし、得策じゃありませんから同調姿勢を比較的示しやすくなるわけで。

これがタレント知事さんじゃないと大変ですよ。県の知事さんが何をやってどんな状況に置かれているかなんて、たいして報道されませんから。自分とこの地域の特産物を血眼になって売り込んでも、報道なんてほとんどされないし、気にも留めてくれない。テレビカメラが知事さんを追っかけてくれなければ、職員から名刺を破られようが無力です。今、県行政では何が行なわれてるなんて、県民には露ほども知られません。

選挙は人気投票ですが、タレント知事さんはその人気にメディアというツールが加わって、更に拍車をかけるわけです。そんな人気者に逆らえば自分にしっぺ返しが来るのは当然なわけで、抵抗勢力だって抵抗姿勢を示すには及び腰になりやすい。世の中、人気者に従うようにできてるんですねぇ。まあ、それが愚衆政治に繋がるんだと言えば確かにそうなんですが、逆説的に意欲と能力のある人気者が改革を促進しやすい状況においてくれるというのは、民主主義の良き一面でもあるわけです。永続的はちょっと困る気もしますが、一時的にはそんな状況が促進されるのって、地方自治にとってプラスに作用するんじゃないかと。

ということで、全都道府県知事タレント化なんてのは、どうでしょうか?どこの県に行っても、そこの知事さんはタレントさんってのは。もちろん、市区町村もタレント化を図ったりして。高齢者が多く、老人介護に力を入れたい地域のトップには演歌歌手が、若者を呼び込みたい地域にはCanCanの専属モデルがなっちゃうとか。まあ、今のは極端なんですけど、その地方が何をしたいかってのが知事さんのタレントとしての属性だけでわかっちゃうみたいな。もうこうなったら、ノリですね、ノリ。

「我が県は、教育に力を入れます。人間は腐ったミカンじゃないんだ」的な武田鉄也知事。もちろん、県名は3年B組に変更して、100回失敗してもめげずに101回目もプロポーズしちゃう様なチャレンジ精神を養うとかね。

「やっぱ日本をリードするのはオタク、サブ・カルチャーでしょ」的なショコタン知事とか。ブログ1日に100回以上更新した人は県民栄誉賞。県歌は彼女がリスペクトする松田聖子の「赤いストピー」。

井森美幸が県知事になったら、県民体操は彼女がホリプロ・スカウトキャラバンでレオタード姿で踊ったあの伝説のダンスかな。ある意味、笑いの絶えない県になりそう。そして、江頭2:50知事とダンス・バトルを繰り広げるんだ。

野球選手を引退したら、イチロー選手もいいかも。県議会はナリーグとアリーグの二院制にして、ユンケルの工場と本社を県内に誘致します。たまにゴジラ松井知事の率いる県や松坂知事が率いる県とで、県の特産物を競い合ったりして。

もう難しいこととか考えずに、単にノリだけで県政をやっちゃうのも良いかもしれません。いや、良くねーか。


post by ノリユキ at 23:26 | Comments/Trackbacks(0)