2011/05/06(金) [ politics | society ]
5月4日、福島原発事故によって避難を強いられている住民達のもとへ東京電力の社長らがお詫び行脚に訪れましたが、当然のごとく住民の方々の怒りは治まらない様です。
「なぜ無視してきた」「土下座しろ」 東電社長おわび行脚に町長、住民猛反発(MSN産経ニュース)
これらのニュースを目にして私は、津波被災と、原発被災との違いを、大きく感じてしまいました。
津波被害によって避難所で暮らす方々には、安易に「頑張れ」などと言葉をかけて良いのか戸惑う程、被災地には大きな爪痕が残されていると思います。しかし、被災者の方々自らが「立ち上がろう」という気持ちを持ち復興を目指しているという様子を報道で知る限り、彼らには強さが感じられます。被災者の方々が自らの意志で未来を切り開いていこうとしているんですから。
しかし、福島原発事故によって避難所で暮らす方々は、かなり状況が違っています。なぜなら、原発事故の収束は、彼らの意志ではどうにもならないからです。住民の方々が復興をどんなに望んでも、それは国や東北電力といった他者の手に委ねるしかなく、自分らでは何ら手の施しようがないのです。
つまり、希望の灯火を自らの手で自らの心に灯すことが出来る状況ではない・・・
こういった術を持たぬ虚しさや悔しさ、焦りなどが、原発事故によって避難を強いられている方々にはあると思うのです。単に被災による不安や不満だけではないのではないかと。
にもかかわらず、東電や政府の事故後の対処は不備だらけであり、今後の展開も今ひとつ明示されない。このどうにもやり切れない感情が、先日の東京電力社長に対する怒号に現れている・・・私には、そんな気がしてなりません。
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2011/03/24(木) [ society ]
今月の11日に起きた東日本大震災は世界観測史上最大のマグニチュード9.0、それに伴った津波は街を丸々と飲み込むほどの規模であり、言葉を失うほどの大きな被害となりました。そして福島原発事故・・・
まずは、被災者の方々に謹んでお見舞い申し上げます。
さて、あの大地震から2週間が経ちました。あれから一体何が変わったのでしょうか?
良い話と言えば、世界各地から来てくれている救援部隊やボランティアの人達の活躍。そして、分断されていた被災地にも物資が届き始めているとのニュース。これらを見聞きするたびに、やや安堵の気持ちを感じています。
東京においては、単一・単二電池の購入こそ困難ですが、ようやく米や食パン、カップラーメン等の食料品も手に入るようになり、昨日からはガソリンも通常に供給できる状態となりました。交通の混乱も震災直後の数日から比べれば、今は平常時そのものですし、電車に関しても、間引き運転を行ないながら落ち着いています。
しかし、相変わらず余震は日に何度となく続きっぱなしです。そして震災の爪あとは深く鋭い様で、二次被害へと続く様相を呈しています。
福島原発の事故では、放射能漏れが起こり、近県の農作物からも基準値を超える放射性物質が検出。風評被害も含め、農家には大打撃です。
そして昨日は、東京の金町浄水場(葛飾区)の水道水から乳児の規制値を超える放射性物質が検出されました。ようやく供給が改善されたかに思えたスーパー等の店頭からは、ミネラルウォーターがあっという間に消えてしまいまいた。
更には電気供給の問題。「計画停電」という名の無計画停電では、5つにグループ分けしても一体いつどこで停電が起こるのか全くわからない始末です。周囲の話を総合すると、停電する時は必ずと言って良いほど停電する地域と全然停電しない地域格差が生まれている様です。
しかも、いつ停電が始まりいつ停電が起こるのかも謎なので、どう行動すべきか計画も出来ず、事業活動や消費活動にも様々な影響を与えています。要するに、商売あがったりってことです。
東京電力も政府も、一体何を考えてるんだ。開示される情報は曖昧さを残したままで終始しています。行動に関しては、全く方針も計画性も見当りません。困ります、マジで。
あれから2週間も経つんですよ。「まだ2週間」じゃあ、ありません。「もう2週間」です。今回の大地震に伴う震災というのは日本の根幹を揺るがしている大災害であり、緊急性と共に長期的対応を求められているのが今の日本なんです。にもかかわらず、未だ方針と計画が感じられない政府には、パフォーマンス性しか見えてこないんですよ。
物凄く大変であろう現場にはいない行政トップの頭数と口数を増やしても、ただ現場を混乱させる可能性を増大させるだけです。にもかかわらず、政府の方針と計画は未だ打ち出されたませんが。官邸周辺を歩くだけなんだから、いつまで経ってもパリッと汚れひとつなさ気な作業着を着てる必要もないでしょうに。
電力消費量が大幅にアップする夏まであと数ヶ月しかありません。計画を立てても準備と現実化に時間がかかるわけですから、政府には統一性と計画性のある素早い対応が求められています。お願いしますよ、マジで。
とまあ、グチグチ言ってみました。とりあえず一筆。私は義援金と声援を被災地に送ると共に、自分の暮らしを淡々と守っていくつもりです。
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2009/04/27(月) [ entertainment | society ]
あるモノゴトに対する反応は、人それぞれです。性別や年齢、環境や経験により、その感じ方は違ってきます。もちろん、人の行為に対してそれを許容できるかどうかも、人それぞれ。人によって許容量には違いがあると思いますし、仮にそれが「Aさん > Bさん」であっても、Bさんには許容できてもAさんには許容できないというケースもあり、何が許容できて出来ないかというのは、その人の器とは別に、例えば感受性とか主義や趣向によっても違ってくるんじゃないかと。
今回話題になった草彅剛さんの事件においても同様で、許容できる人と出来ない人とに別れているようです。もちろん、どちらの感覚が正しくて、どちらの判断が間違っているということではなく、単に人には色んな受け止め方があるんだなと。これって、例えばその現場に遭遇したときに、笑って済ませられるか傷ついてしまうかという差が、許容できるできないの差になってしまうのかな、なんて思ってもしまうわけで。私の場合は、草彅さんの件は十分許容できる範囲内ですし、大々的な報道ぶりには多少の同情もあります。自分も下手すりゃ似たようなことするかもしれない・・・なんて思っちゃうし。
もちろん、同情できるからといってそれを許して良いという論には繋がりませんが。ルール違反はルール違反ですから、その部分ではきちんとするべきですし、まあするんでしょうけど。
で、面白い記事を見つけました。
レースクイーンの立木ゆりあさん 「草なぎ剛まじウケる。1人で深夜にフルチンで韓国語で叫んで歌って警察官が来たら逆ギレで暴れるとかソレ完璧キチガイでしょwww」:Birth of Blues
タレントの立木ゆりあさんの場合、草彅さんの行為が許容できなかったらしく、内容からすると批判というより非難っぽいことを書いてしまったみたい。彼女のブログでは、既にその記事は削除されており、今は代わりに、不謹慎な発言をしたことに対する謝罪の言葉の記事があり、また彼女を擁護・応援するコメントと、それに対する彼女の感謝の言葉が残っているだけです。(ちなみに私は、該当する彼女の記事が削除されてしまっていて現物を確認できませんでしたので、上記リンク先の記事で引用されている文章が現物と同一だと仮定してお話しています)
で、私がなぜこのことをこのブログで採り上げたかというと、おもしろいなーと思ったからです。で、何がおもしろいなーと思ったかというと、ここで現れている草彅剛さんと立木ゆりあさんの一連の事態が、構造上ほとんど同じだということに、ふと気がついたからです。
草彅さんは、酔っ払って記憶を失い、公衆の面前で一部の人が不快になるような行為をしてしまいました。それに対しては社会的な制裁が与えられ、本人も反省している様子です。そして、ファンや周りの人からは励ましや同情の言葉をもらい、恐らく本人もその気持ちに感謝しているんじゃないかと。
で、立木さんは、そんな草彅さんの行為が許せなかったらしく、ブログという不特定多数が閲覧できる環境、つまり公衆の面前で一部の人が不快になるような行為をしてしまいました。それに対しては、恐らく周囲人から注意は受けたんでしょうし、その記事の削除と謝罪という社会的な対応を迫られ、そしてそんな彼女に対してファンなどから励ましや同情の言葉をブログのコメントとしてもらい、その気持ちに対して本人は感謝の意をブログで述べています。
表層上は違った行為であっても、その構造は面白いように一致しています。つまり立木さんは草彅さんの一連の行為に反応して拒絶しているにもかかわらず、まるっきり同じ構造を構築してしまっているわけです。まるで彼女は彼を映し鏡にしてしまったかの様。
歴史は繰り返すとは良く言ったもんだ。人って意識するしないにかかわらず、同じ様なことを繰り返すんですねぇ・・・
結局何が言いたいかというと、まあ自分も含めて人ってみんな至らないところとか弱いところがあるわけで、そういった自分を知ることで、少しは人に優しくなれるんじゃねーかなって思いました。あ、そんな結論は小学生並みの意見ですか、そうですか。失礼しました。
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2009/04/11(土) [ society ]
両親パチンコ中に2歳児事故死、「店にも責任」賠償命じる : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
結局、パチンコ店は650万円の賠償だとか。
判決によると、大分市のパチンコ店に2004年6月、2歳の男児と女児がそれぞれの両親と入店。パチンコ玉を運ぶ台車に女児が乗り、男児が押して店外に出て、国道を横断中に乗用車にはねられて女児が死亡した。(中略)控訴審判決で牧裁判長は「夫婦でゲームに興じ、女児を6時間も放置した原告の責任が最も重い」とした上で、従業員が幼児の面倒を見ると伝えていた点などを踏まえ、同社にも過失があると認定した。
でもこれ、物凄く違和感が残るんですけど。
ぱっと見、この記事の印象は、「親である自分の責任はさておいて相手の親と店を訴えるなんて!」って思うんですが、まあ人間は自己責任バイアスを持ってますから、親御さんの立場になったら相手の責任を追及してしまう心理になってしまうのもわからなくはありません。
もちろん、店側にも責任があるんだろうな、ということも分かります。記事によれば裁判長は「幼児同伴の客の入店を許す以上は、幼児の監護を補助すべき義務があった」とのことで、当事者であるホール運営者やその従業員の立場からすれば、「不特定多数を隅から隅まで見落とすな」って言われてるみたいですから、そりゃねーよってことになりそうですが、社会的に見たら完全にそういった責任から逃れられるわけでもないですし、ましてや従業員が面倒を見ると伝えていたと言うことなんで、過失責任は問われても仕方がないかと。普通、こういった店舗では幼児を連れてきたお客さんには「当店では責任を負いきれませんので、お子様はお膝元に・・・」みたいなことは言うのが運営上のテーゼですし。もちろん顧客と店舗の力関係もあるんでしょうが、私の経験上でも、幼児を連れてくるお客さんがきた場合、最低でも店員には「親から子供が離れたら、出来るだけ目離すなよ」って、その度に言ってましたしね。
だから私が持つ違和感って、そこじゃないんですよねぇ・・・
上記の記事によると裁判長も「夫婦でゲームに興じ、女児を6時間も放置した原告の責任が最も重い」と言ってるわけですよ。つまり、比較の上では責任の軽いはずの方が責任の重い方に対して賠償金を支払うという矛盾、最も責任の思い人間が賠償金を受け取れるという矛盾。ここに物凄い違和感を感じます。
私は法律の専門家じゃないんで、良く分からないんですけど、このケースの場合、亡くなった子供の親御さんを訴えることができる人っているんですかね?仮に誰かが訴えることが可能な場合、親御さんは自分のお子さんを亡くしたことに対して最も重い責任があるわけですから、当然それに対する賠償金は支払わなければならなくなるんですよね?確かにお子さんを亡くした悲しみは他には変えられないほどの痛みなんでしょうが、でもその原因を作った最も大きな責任自分自身にあるわけですから、他者が賠償金を支払うのであれば自分自身もその賠償責任を担わなければいけない責任が自動的に生じるんじゃないんですかね?でも、それを受け取る人って?受け取れる権利のある人って?
なんか、すっごい違和感。不均衡と言うか不公平と言うか、パラドックスというか、バランスの悪さから来る不快感が残るんですけど。個人的な正義欲は満たせても、社会正義に対する公正さはどこにあるんだ?という疑問を引きずったままです。こういったことって、ある程度は白黒ハッキリつけとかないと、今後似たようなケースが続出したり規模が大きいケースに出くわした時に、社会的に禍根を残す問題の様な。「あーそうなんだ。腹立つね」だけで終わっちゃいけないような気がします。
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2009/03/26(木) [ society ]
「だまされたふり作戦」逆手詐欺 : 埼玉 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
最近、振り込め詐欺に騙されたふりをして逮捕に結びつけるという対策が行なわれていますが、今度はそれを逆手に取ろうとした詐欺。まあ、あえなく御用となったわけですが。
しかし、最近の振り込め詐欺はその手法が巧妙化しているだけでなく、詐欺集団がビジネスライク化しているとのこと。NHKでしたっけ?少し前に特集やってましたが、詐欺のリーダーらしき人物へのインタビューなんか聞いてると、もう詐欺というよりビジネスについて話してるって感じ。彼ら自身が、自分達のやっていることを、詐欺行為というより1つのビジネスとして捉えているような印象です。
リーダー格の人間は、格下の仲間を「社員」と呼び、マニュアルやら社員教育にも力を入れています。人材の確保にも余念が無い。
彼らによると、今のこの不況下がビジネスチャンスなんだとか。内定取り消しも含め就職難の時代、優秀な学生達が職にあぶれるわけで、そんな人材を自分らの仲間に引き入れるまたとない絶好のチャンスが今。詐欺集団のリーダーは、「他者よりも努力をし、他者よりも有能であるにもかかわらず、時代背景によって不利益な環境を被り不満を持っている人間は、頑張れば人よりも稼げるんだという環境を与えれば、やるよ。そういった将来の幹部候補生が、今はウヨウヨいる。宝の山だね」そんな風に言ってました。まさに、ベンチャー企業の社長さんや人事担当者が言いそうな台詞。
しかも、派遣切りにあって食う金も住む場所もない「出し子」予備軍も、豊富に揃ってるのが今の現状。こういった出し子予備軍にはお誘いのメールが度々来るらしく、しかもそのお誘いメールの内容も、「どう?やらない?」的なフランクなものではなく、まるで企業が求職者を扱うようなビジネス的なメールのやり取りがなされているみたい。メールだけじゃなく、お誘い電話もビジネスライク。
ただ、いくら職にあぶれていたり社会に不満があるからといって、誘いに乗って簡単に犯罪に手を染めるものなのか?という疑問が。そこを取材者が詐欺集団のリーダーに尋ねたところ、「みんな自分を正当化するんですよ。振り込め詐欺をやる正当な理由を、自分の中で作り上げる。食っていくためだとか、家族のためだとか、そんな理由をね」といった感じの答えが。完全に、人間の深層心理を捉えてます。自分の経験の中で掴んだ人間掌握術というよりも、きちんと人間心理を学んだ人の発言。いや、その両方かな。
言い方は悪いですが、発言内容だけをとってみればビジネス・パーソンとして割と優秀な人間がビジネスとして組織をつくり、詐欺をビジネスとして行い、ビジネスとして発展させようとしている感が漂っていました。一般的な中小企業でも、ここまでビジネスライクに経営活動できているところって、意外とそんなに無いし。恐らく振り込め詐欺集団は今後、振り込め詐欺だけに留まらず、様々なことに手を出していくでしょうね。犯罪だけじゃなく適法な事業にも手を広げていく可能性は大です。もし、適法な事業で幅広い利益を得るようになってしまったら、詐欺集団としての本質は仮面の奥に深く隠れてしまい、より複雑化してしまう可能性が。他企業が攻めづらいグレーゾーンをより強力に攻め、発展していく企業が今後誕生していくかもしれません。
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2009/03/24(火) [ society ]
中国対日観:「恐るべし、ニッポン」―浅薄な「愛国」を批判 2009/03/23(月) 20:14:00 [サーチナ]
この記事は、中国インターネットメディア「千龍網」が、湖北省武漢市の桜園で和服を着て記念撮影しようとした母子が周囲から罵声を浴びせかけられた事件に対し、日本の民度の高さを引き合いに出した上で浅薄な自国の「愛国主義」を批判した、ということを伝えた内容です。
私は、この「千龍網」が、メディアとしてどんな位置付けにあるのかも知らないですし、原文にもあたってない(あたっても中国語は読めないし)のでこのコラムを受け売りして判断するしかありませんが、まあ日本のことを高評価してくれているのを目にすれば、日本人として気分は良いです。ただ、それとは別に、中国でも対日感情に対するというか、そういったものも含め民度に変化があるのかな、と感じる内容でした。
戦時中の記憶による根強い反日感情が中国にあるのはわかりますが、その反面、90年代の初頭は中国で日本および日本人へ過大ともいえる人気があったことを私は記憶しています。日本人というだけでモテた時代もあったわけで。もちろん、その後の(もしくはその最中の)中国の教育と、経済力の高まりとともに自身に自信をつけたその心理的状況の反転性が、現在の大きな反日感情を持つに至ったわけで。
しかしその中国が、自国民の行動に対して、こういった批判を述べる。しかも、日本の良さを引き合いに出して。むしろ、こういった意見が公にされていくこと自体に、まあ日中関係の良好な進展が中国自体にもプラスに作用するであろうという政治的判断も含め、中国自身の民度が上がりつつある兆候を感じます。
グローバル化は何も経済だけで行なわれているわけじゃなく、スポーツをはじめとして社会と人はグローバルに交流が行なわれています。しかも、中国国民にとっては経済発展とともに、直接およびメディアを通して、その様を直接および第三者として目にする機会が増えました。その時に己の行為は、他者・他国の行為が鏡となって映し出されていくわけです。そしてそこに自己反省が促される要因が見て取れます。つまり、自浄作用。結果、中国としてはグローバル化は経済発展だけでなく、自ずと民度を高めることにもなっていきます。
中国人は、砂であるとか、一匹の龍になれるが三匹集まれば豚になるとか。飛びぬけて優秀な人材を出すがまとまりにかける中国人ということをなぞった言葉だそうですが、そういったことを踏まえるならば、むしろ中国の民度が上がることの方が「恐るべし、中国」であると、エールを贈りたい。そんな感じです。
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2009/03/11(水) [ business | society ]
佐賀牛:県職員がドバイに“違反”持ち込み イスラム教処理と日本の検疫受けず – 毎日jp(毎日新聞)
アラブ首長国連邦のドバイに、イスラム教で遵守されている牛肉処理方法ハラールがなされていない佐賀牛を、PR用として佐賀県が持ち込んだそうで。おまけに輸出検疫証明書すら取得してなかったとか。
認識の甘さでしょうかね。こと、宗教に関して日本人は関心と認識が薄いですから。宗教で禁止されている行為をその信者にさせてしまう様な行為が、どれほどのことか。宗教によって戦争が起きるくらいですし、各当事者個人の問題に帰しても、宗教で禁止されている行為を不可抗力とはいえ、犯してしまった個人の心の痛みというか複雑さには深刻なものがあります。まあ、個人差はあるでしょうけど。
日本人は総じて、特定の宗教に固執するという部分があまりないのが特徴ですから、こういったことには無頓着になりがちです。もちろん、そういった特徴が悪いというわけではなく、むしろ良い面が強いんじゃないかというのが私個人の感想ですが、しかし、その無頓着さを他者に対して振り回すわけにはいかないわけで。
佐賀県によれば、現地の日本領事館が「いいよ」と言ったからやったということだそうですが、まるで子供の弁明っぽい。リスク管理というか、もっと相手国民の感情や習慣に配慮した行為に及ばなければ、それは大人の行為としては足りないんじゃないかと。KYつーか、なんつーか。
そもそも佐賀県が自県のブランド牛をドバイに持ち込んだのは、佐賀牛のPR活動です。つまり、ビジネスの一環としてやってるわけで、それを顧客のおかれた立場も理解せずに売り込もうとするのが、そもそもの間違い。これじゃPRどころかイメージダウンじゃん!もうちょっとシビアさが必要だったのかもしれません。
というよりも、輸出検疫証明書すら取得してなかったんですから、これは認識の違いといった範疇を超えてます。PR用とはいえ、人の口に入れる目的があっての食肉の国外持ち出しですし、しかもこれは個人のお土産ではなく公の機関が公に行なう行為ですから、誰の目に触れても恥ずかしくない手順を踏んで行なわれなくちゃいけないんじゃないかと。これらを踏まえて考えるならば、一連の行為は怠慢であると捉えられても仕方がありません。
これが国際問題に発展するかはわかりませんが、まあ両国には良好な友好関係がありますから、日本人らしく事なきを得ることを祈りながら、今後の適切な対応に期待したいものです。
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2009/02/14(土) [ business | society ]
本日はバレンタインデー。ただ、今年の場合、チョコレート業界とそれに伴ってメディアが、こぞって「今年は高級チョコレート!」だとか「逆チョコ!逆チョコ!」と煽ってます。逆チョコって、男が女にチョコレートを渡すんだということらしいです。
もうね、つまんねぇ。つか、「バレンタインデーにチョコを渡す男性を『チョコメン』と呼ぶんですよ」とか、したり顔でお菓子メーカのマーケティング部の人がテレビで言ってたのにはちょっと笑いました。トレンドにしたがるメーカーさんの販売戦略が見え見えで。
要するにマーケティング上、今年は不況による消費後退だけでなく、バレンタインデーの今日が土曜日で義理チョコが売れなくて例年に対して売上が減少するんじゃねーかってことで、価格面では高級志向のチョコを煽り、数の面では男にチョコを買わせようってことらしいです。
でも、そういった目先の販売戦術ってどうなんですかね?女性が男性にプレゼントという慣習をやぶってしまうと、収拾つかつかなくなるんじゃねーのか、って気もしなくもありませんが。男女関係なくプレゼントするような慣例になっちゃったら、じゃあホワイトデーはどうすんだとか、義理チョコを配る必要性というか理由もなくなったりするし。逆に、トータルで見たらお菓子業界売上減少なんてね。
もちろん、メディアがガンガン煽っちゃえば、それにすんなり乗っかっちゃう人は沢山いますから、心配する必要もなさそうですが、ある程度ルールなんかのカタチみたいなのがあってイベントは楽しいし盛り上がるわけで、何でもありみたいにしちゃうと、長い目で見た場合、それこそ縮小均衡を招きかねない。あんまり目先の売上ばっか気にしてると、中長期的には損をとるリスクは大きいのに。考えてんのかな?
まあ、今時のご時世で中長期的な視野でのマーケティングなんて滅多にお目にかかりませんから、気にするほどでもないか。何だかんだ言っても逆チョコなんて一過性のものにしか過ぎなかったり。来年になってみたら、「え?逆チョコ?ああ、そんなのあったね、昔」みたいになってたりして。ま、そっちの方が楽しいかも。
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2008/10/03(金) [ politics | society ]
こういった話を聞いて、疑問を感じるのは私だけでしょうか?
asahi.com(朝日新聞社):こんにゃくゼリー自主回収促す 事故受け消費者担当相 – 社会
たしかに食の安全を考えることは確かに重要で、各企業自身がCSRの基で率先して勤めるべき課題だと思います。また、今回の件だけでなく、こんにゃくゼリーを喉に詰まらせ被害にあった方々に対しては、胸を痛める思いです。
しかし、今回の件に関してとった行政の態度には疑問符が。自主回収しろ、ですか?まあ、食の安全を考えた上での包括的な発言であれば、わかります。でも、何か違いませんかね?
毎年、餅を喉に詰まらせて亡くなられる方は沢山いますが、今までその度にメーカーを内閣府に呼んで自主回収を促したりことってありましたっけ?こんにゃくゼリーの警告マークや警告文より目立つ警告表示が、どのお餅のパッケージにもしてあるんですか?再発防止策が施されたお餅って、私は見たことも食べたこともありませんが。
こんにゃくゼリーによる事故で17人の命が奪われたことに関しては厳しく受け止められても、今まで継続的に餅を喉に詰まらせて何人もの人が死んでいるという半ば恒例となっている事故は気にならないということでしょうかね。お餅が日本の食文化だからって、放置しておいて良い理由はありませんが。
別に私は、お餅メーカーが怠慢だって話をしようとしてるわけじゃありません。今回の件に対する対応が社会的にどうなされるべきかって点が、なんか抜け落ちてる。本質的な部分がお座なりにされてる気がするんですよね。
そもそも食べる上で注意が必要な食べ物って、例えば喉に骨が刺さりやすい魚だとか昔からいくつもあって、そういった食べ物を食するときは、親をはじめとする周囲の大人たちが常に子供に注意を促すのが、自然的な慣例だったはずです。
でも、食文化も変わり、また生活していくうえでの知を大人から子供へと日常的に伝達していく手段や機会が失われつつある今の社会において、それが通用しなくなりつつあるわけです。こんにゃくゼリーが喉に詰まりやすいなんて知らない大人はいっぱいいるし、知っていても子供が食するその場にその知ってる人が居合わせる機会もぐんと減ってます。
だからこういった場合における対応は、せめて方針だけでも明確にしていく必要が出てきてるんじゃないかと。例えば、従来通り政治は積極的に関与せず本人とその周囲との生活規範に委ねるだけにするとか、食品メーカー側の具体的な責任を社会的通念として確立するとか、法的整備をしていくとか。
でも、今回の行政の対応って、全くそれが見えない。と言うか・・・
なんかね、政治的なパフォーマンスだけの様な気がしてしょうがないんですよ、こういうのって。普通、食の安全として今回の事故を重く受け止めてるんなら、喉に詰まりやすい食べ物全体に対する対応が包括的に進められるべきでしょ。でも今回の件って、極端な言い方をすれば、政治的なPR活動のためにワンマンライフが槍玉にあげられただけっていう以上の何かは感じられないんですよ。
もうちょっと国としてのあり方を見直すべきなんじゃないかと。
さて、以上は極めて突発的な個人的見解で、詳しく調べてみたわけでもなんでもありません。ひょっとすると行政はお餅を喉に詰まらせた人が出るたびにメーカーに鉄槌を加えているかもしれませんし、またお餅メーカーもこんにゃくゼリー以上に再発防止に力を入れているのかもしれません。ひょっとしたら法的整備も既になされていて、喉に詰まりやすさ度数が一定の基準を満たしていない食べ物を製造・販売したら罰せられるのかもしれません。もうしそうでしたら、ゴメンなさい。
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2008/09/14(日) [ society ]
今、問題になってる事故米の件について、ネット上ではちょっと気になる話題があがってます。
J-CASTニュース : 「工業用糊に限り販売」 農水省の説明は大ウソだった
この記事によれば、実は工業用の糊の製造に米は使われてないんだとか。
問題を起こした三笠フーズの場合も「工業用糊加工品」に用途を限定することを条件に販売したという。しかし、工業用糊メーカーの大手ヤマト、不易糊工業、住友3MにJ-CASTニュースが取材すると、いずれも、澱粉糊のうち「米を原料にしているものはない」という答えが返ってきた。また、「米を原料に糊を作っているメーカーがあるという話は聞いたことがない」のだという。ちなみに澱粉糊はヤマトがタピオカ、不易糊工業はコーンスターチを原料にしている。
また、森林総合研究所によれば、合板を作る際や、集成材に使う接着剤の原料に小麦を使う例はあるものの、米を使ったものは見たことがないそうだ。工業用糊や接着剤に使われないとなると、「事故米」を工業用糊などに使用を限定、という農水省の「前提」が全く崩れてしまう。 (上記リンク先J-CASTニュースの記事より抜粋)
まあ、元ネタがJ-CASTニュースなだけに、この件に関しては事の展開を見守る必要がありますが、事と次第によっちゃ農水省の管理体制の甘さを非難するだけで済む話じゃないでしょ。穿った見方をすれば、先日「事故米は今後、輸入国に返品する」という方針を早々と打ち出したのも、事故米の実質的な用途が実は存在しないからという事態を裏付けた結果にもなりかねないわけで。
いずれにせよ、つい先日「事故米」についての解説ページを更新したばっかりなんで、成り行きによっては内容書き換えて更新しなくちゃ。
post by ノリユキ at 02:05 | Comments/Trackbacks(1)
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